12   きくちそう


 ちょっと散歩でもしようかなと、アパートの前に出た。
 最近やっと土地勘も付いてきたので、夜の散歩が日課になっている。
 今夜は何やら通りの向こうが騒がしい。それに、いつもよりも明るいような。
 「何かやってるんですかね?」
 不意に話しかけられた。声のした方を見ると、ちょうど猫が塀の向こうから出てきたところだった。
 「何でしょうね。お祭り、かな?」
 「こんな時期にお祭りなんてやってたかなぁ」
 猫は首をかしげ、知った風にそう言った。
 「長いんですか?」
 「え?何がです?」
 「いや、この辺に住んで」
 猫とはいえ10年そこらは生きる。昔からのことを知っていてもおかしくはない。先月引っ越してきたばかりの私よりかは、よほどこの辺の事情に詳しいだろう。
 「ああ、はい。親の親の代からですが、私自身も今年で40年になります」
 なんと長生きな猫もいたもんだ。
 「お祭りじゃないのか。しかし、一体何なんでしょうね」
 「ちょっと行ってみましょうか」
 そう言って猫が先を歩き出したので、慌てて後を追う。
 通りの向こうはまるで、空気そのものが光っているかのように、ぼんやりと、でも確実に明るい。近くにつれ、眩しさに目を細めたくなる。
 遠くでたくさんの人が喋っているような、歌っているような、だけど耳を澄ますと近くでコピー用紙を丸めた時のような、背丈より高い草むらの中を歩くときのような、奇妙な音に向かって猫と私は進んでいく。
 まるで、この街の秘密に迫っているかのような気がして、特に意味もなく心なしか忍び足になる。
 猫は足音を立てない。
 自分のスニーカーの立てる音が恥ずかしいが、次第に気にならなくなる。
 チラと腕時計を覗き見る。もうすぐ午前0時だ。
 「眩しくなってきましたね」
 猫が言う。
 「ええ、騒がしいですね」
 自分の声が聞き取りにくい。
 「もう少し行ってみましょうか」
 「そうですね」
 明るくて騒がしい方に向かって、猫と私が歩いていく。





きくちそう
デザイン屋さん(仮)を細々と再開しました。再び二足のわらじ生活です。足が4本あればちょうどいいのですが、世の中そううまくはいかないものです。

猫の声は渡瀬恒彦でイメージお願いします。